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1/2000~4000ミニスケール洋上艦船模型製作暦20有余年、 その極小世界へようこそ・・・・

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某展示会まであと2週間・・・

今週中に製作を終えて、ディスプレイ、解説などに2週間の予定でした、
が、現時点で作業終了は43/60、しかも昨日は作るつもりのなかった
ロシア黒海艦隊駆逐艦にも手を出してしまい、いよいよ自分の首絞めてます・・・
(英駆逐艦並べてごまかすつもりだったんだけど全然違うんですよね・・・)

そんなわけでヘリゴランドバイトの2、戦闘状況のみ書いてまだ下書きのまま
今回はarumokさんよりお問い合わせのあった、レジン製の船体、反りの修正法
お届けします・・・


2年位前に抜いて、未仕上げになっている英戦艦オライオン級です。見事に反ってます
「レジン」といってもうちで愛用しているのはポリウレタン系の樹脂でいわゆるFRPではないので
これどもだいぶましなんですが、基材、硬化剤の混合比が悪いと五分五分で反りが出ます
離型時間が早いと、これも反りの原因になります。製品(商品名は一般的なプラキャストです)の
仕様書によると離型時間15分だそうですが、少なくとも1時間、できれば溶剤が抜けきるまで
型から外さないほうがよいようです・・・
(完全に溶剤が抜けるのは数日かかりますがーー;)


修正


何か適当な定板見つけて、クリップで挟みます。
ウチの場合は以前スチールのフラットバー80*25*3㎜を何枚か作ったので、それを使います
クリップに洗濯ばさみ使ってますが、本来なら金属系の方が望ましいです
(プラは過熱の際にモノとくっついたりします)

修正1


反りが酷い場合には、前後に下駄はかせて逆に反った状態にすると良いようです
硬化が進んで大きく反っている場合、無理にこの状態にすると船体に亀裂が入ることが在ります
その場合には(もちろん亀裂はいる前に)一度ドライヤーで軽くあぶってやるとある程度粘性が回復するので
作業を進めやすくなります

修正3


横から見るとこんな感じ。挟む場所はフラットな甲板部分があるとベストですが、
ほとんどの形状のの船では煙突頂分になります。
挟む確度によっては煙突の折損事故などに繋がりますので要注意、
慎重にポジション決めてください
修正2


挟んだ状態でドライヤーで加熱します。加熱時間は船体の断面積、反り具合で変わります
何度かクリップ外して様子見ながら繰り返すことになります
加熱しすぎると船体が溶け出してクリップとくっついたり(金属性でも食い込んだりします)逆に大きく反っていしまうこともありますので要注意、そんなことはないと思いますがドライヤー置きっぱなしにしてその場を離れるのは厳禁です
(火災予防の見地からも・・・)
修正4


こんな状態になります。現時点で加熱作業後3日ほどたっていますが現状維持です
(また時間がたつとなんともいえないところがアレですが・・・)
修正5


同型艦で、複数同時作業の場合はこんな具合に2隻をお互いには住むという手もあります
ただ、それぞれの反り具合、レジンの硬度などにより一歩に引っ張られる可能性はあります
しっかり定板に固定するほうが無難ではあります

修正6

船体のそりはウォーターラインの船舶モデルにはスケールを問わずについて回る問題です
ましてや乾舷が1~2㎜に過ぎない極小スケールモデラーに取っては頭の痛い話、
上記の加熱法にしても恒久的とは言いがたいです(レジンに限らずプラバン船体でも駄目ですし)
ご覧の皆さんのの御意見、他の対処法などあればお聞かせ願いたいところです・・・

ちなみに私の場合、こんな具合に「エポ接着剤でアルミのフラットバーに固定してしまう」と言うのが
最終手段なんですが・・・

ファルマス2
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  1. 2009/03/29(日) 07:47:06|
  2. 1/3600艦隊
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1/3600ミニチュアで見るWW1の海戦~1914  その2 ヘルゴランド・バイト海戦(1)

1914.png
ヘルゴランド・バイト海戦(1)
開戦から1ヶ月、英海軍は予てからの計画通り北海沿岸の海上封鎖を実施、ドイツの主要軍港ヴィルヘルムスハーフェンの北海への出口にあるヘルゴランド島沖合いに厳重な警戒線が布かれました
またドイツ側も昼夜2交代で水雷艇、軽巡による哨戒を行い英軍の侵入に備えていました
英潜水艦隊のキース代将ははその哨戒パターンの一定性に着目、軽快艦隊ハーリッチ隊を率いるティリット代将とともに独哨戒艦隊に包囲攻撃をかける作戦を立案、作戦は海軍大臣チャーチルによって承認されました


ドイツ哨戒部隊の通報艦(アヴィゾ)「ヘラ(hela)」

従来の通報艦が1.000t前後で航洋性に欠けていた点を改善、2.000tを越え、その20ktを上回る速力とともに近代軽巡の始祖とも言われています
WW1時には旧式でしたが軽巡不足に悩むドイツでは開戦時第3偵察戦隊に配され新型の軽巡に伍して任務に就いていました

ヘラ
竣工1896.5.3 常備排水量2.027t 全長*全幅*吃水 105.0m*11.0m*4.5m 
出力3.000hp 速力20.5kt 8.8cm砲*4 5cm砲*6 45cm魚雷発射管3 装甲20mm(甲板)
写真の模型は完成時の姿ですがWW1時は機関、缶とも換装され2本煙突になっています
マストは強度、加工性考え0.5㎜銅線ですがこのスケールだとまるで巨木のようです・・・(^^;
ヘラ2

同じく小型巡洋艦ガツェレ級「アリアドネ(ariadone)」

ヘラの拡大改良型でドイツ初の軽巡と呼ばれています(ドイツ呼称は小型巡洋艦)
1895~6年、1897年、1900年計画で合計10隻の多数が建造され大戦時活躍しました
戦後に残った6隻はワイマール海軍に保有を許され、エムデン(3)などの新型軽巡と交代されるまで長く活動しました
アリアドネ
ガツェレ級は大戦で3隻が戦没しましたが、アリアドネもその1隻でヘルゴランド・バイト海戦で沈没しました
竣工1901.5.18 常備排水量2.659t 全長*全幅*吃水 105.0m*12.2m*5.5m 
出力8.827hp 速力22.2kt 10.5cm砲*10 45cm魚雷発射管2 装甲25mm(甲板)


アリアドネ2
同じく小型巡洋艦ガツェレ級「フラウエンロープ(frauenlob)」

1900年計画艦3隻のうちのひとつです
1916年のジュットランド海戦に参加、戦没しました


フラウエンロープ2
小型巡洋艦ケーニヒスベルク級「シュテッチン(stettin)」

ガツェレ~ブレーメンと続く独小型巡洋艦の3番目のクラスで1903.4年、1904.5年計画で4隻建造されました
ネームシップのケーニヒスベルクは3本の煙突が等間隔で並ぶ前級ブレーメン級に類似した機関配置でしたがニュルンベルク、シュツトガルト、シュテッチンは前2本が接近した3本煙突になっています


シュテッチン

ガツェレ級以降の独小型巡洋艦はほぼ砲火力は同じでその800tの増加重量はほとんど機関の強化に充てられていました
本級はネームシップとニュルンベルクが開戦時遣外艦としてん外地にあり戦没、残る2隻は戦後解体されました
竣工1907.10.29 常備排水量3.480t 全長*全幅*吃水 117.4m*13.3m*5.1m 
出力21.670hp 速力25.2kt 10.5cm砲*10 45cm魚雷発射管2 装甲30mm(甲板)



シュテッチン2



ドイツ哨戒艦隊は沿岸から25海里の外弦に第1水雷隊9隻、12海里の内弦に第3掃海隊群の掃海艇が哨戒、通報艦ヘラ、小型巡洋艦アリアドネ、フラウエンロープ、シュテッティンが随時支援体制をとっていました
また周辺港湾には別に8隻の小型巡洋艦と3隻の巡戦があり、ヘルゴランド島の砲台の火力と合わせて強固な守備体制をとっていました
キース代将はハーリッチ隊のティリット代将座上新鋭軽巡アレスーサと第3駆逐戦隊の駆逐艦16隻、ブラント大佐指揮の軽巡フェアレスと第1駆逐戦隊の駆逐艦15隻を前衛とし自身の潜水艦隊8隻(ほかに駆逐艦2隻)と敵哨戒部隊を包囲分断、各個に攻撃するものとしました
また支援に駆けつけるであろう独主力部隊に対抗するためにグランドフリート本隊にも出撃を要請、もし敵戦艦が出撃した際には一気に決戦に持ち込むことも考慮した雄大な作戦を立案しました

これに対し参謀本部長のスターディー中将はグランドフリートの出撃は過剰と考え、後方支援には英最古参の装甲巡洋艦クレッシー級5隻を中心とするクリスチャン少将指揮の「巡洋艦部隊C」と巡戦インヴィンシブル、ニュージーランドのムーア少将指揮の「巡洋艦部隊F」を充てる事しました


ハーリッチ隊軽巡アレスーサ級「アレスーサ(arethusa)」

従来の防護巡洋艦の甲板装甲のみに頼る防御方式から舷側装甲を持ち、より高い運動性能を持つ近代軽巡の始祖といわれる艦がこのアレスーサ級です
船首楼式の偵察巡洋艦を大型化した船体に6割り増しの40.000hpの出力を与え29ktを発揮しました
アレスーサ
画期的な性能を実現した本級ですが航洋性、砲力は25ktと低速ながら堅実な設計のタウン級に劣り搭載砲は2種混載で射撃指揮に不便で、加えて船首楼以降の低乾舷は甲板装備の砲の使用を困難なものとさせました
またその機関も10.000hpは緊急用として使用を制限されるなど実験艦的要素の強い級でもありました
本艦は8月11日に竣工したばかりで十分な訓練も受けず海戦に参加、相当の損害を受ける事となります
竣工1914.8.11 常備排水量3.750t 全長*全幅*吃水 132.9m*11.9m*4.1m 
出力40.000hp 速力28.5kt 6in砲*2 4in砲*6 21in魚雷発射管8 装甲3in(舷側~機関部のみ)


アレスーサ2
ハーリッチ隊軽巡アクティヴ級「フェアレス(fealess)」
満足な成績を得られなかった競作型に続くボーデシア級偵察巡洋艦系列の最終型で従来弱体といわれた砲力を相応に強化、優れた設計の小型巡洋艦でしたが、いかんせん25ktの速力、低乾舷による航洋性の不足は進歩した巡戦、駆逐艦に随伴する能力に欠け機関技術の発展とともにアレスーサ級軽巡出現を見ることとなります
<フェアレス
竣工1913.10 常備排水量3.440t 全長*全幅*吃水 123.7m*12.6m*4.7m 
出力18.000hp 速力25.0kt 4in砲*10 21in魚雷発射管2 装甲1インチ(甲板)


フェアレス2
攻撃部隊の出撃した8月26日になって作戦の報告を受けたグランドフリート長官のジェリコーは敵地に近接した作戦としては戦力が過少と考え、自艦隊の出撃を進言しましたがスターディーの容れるところとならず、巡洋戦艦の更なる増派のみ認めるとする返電を受けました
ジェリコーは配下のビーティー中将率いる第1巡戦戦隊(ライオン級巡戦3隻)グーデナフ代将の第1軽巡戦隊(タウン級軽巡6隻)の増派を決定直ちに出撃を命じ、その旨海軍省に報告しますが、チャーチル海相は攻撃豚へのこの報告を怠り以降の作戦に混乱を招くこととなります・・・(続)

  1. 2009/03/15(日) 19:45:40|
  2. 1/3600ミニチュアで見るWW1の海戦
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1/3600ミニチュアで見るWW1の海戦~1914  その1 概説

来月参加予定の模型の展示会、私が選んだテーマは大それたことに
1/3600ミニチュアで見るWW1の海戦~1914です
それの準備かねて今回から不定期で(何時でもそうですが)
自作ミニチュアとともに1914年の海戦についての概説していきたいと思います

1914.png
第一次大戦の海戦~総括~

第一次大戦は英国を除き地続きの大陸軍国間の戦いであったため開戦以前は海軍作戦について深い考慮はされていませんでした
(植民地での戦いは例外ですが)
しかし、英仏と独が対峙する西部戦線、独墺と露が対峙する東部戦線そのいずれもが膠着状態に陥り、大戦が長期化の兆しを見せると共に、海上作戦の重要度が増してきました

特に英の伝統的海上封鎖作戦は協商側に無制限の海上利用権を与え、同盟側のそれを著しく阻害することにより中立国との貿易、植民地との連絡を絶ち経済的喪失を与えることを期待されていました
事実大戦の海上戦闘の推移は、それらを実施すべく行動する英国と相手の海上利用権を阻害することに活路を見出そうと試みる独国の戦いとなりました・・・

1914年の英独海軍戦略

英国は開戦に際し独の会場利用を妨げるため伝統的海上封鎖を実施しました
かつての帆走戦列艦時代には主力艦に対抗する兵器は主力艦のみであり、主力艦をもっての直截港湾封鎖が可能でしたが潜水艦、機雷などの水中兵器の脅威が発達したこの時代においては(日露戦争時の旅順封鎖に戦訓を得たこともあり)直接主力艦による敵港湾封鎖を実施することが出来ませんでした

そこで敵国港湾付近には軽艦艇、潜水艦を配置敵の出撃を補足、発達した無線通信により自国港湾に配置された主力艦をこれに立ち向かわせることとしました
このため英グランドフリートの主力はスコットランド北端のスカパ・フローに配されおそらく英仏海峡方面に出撃するであろう独艦隊の退路を断ちこれを補足撃滅することが期待されました
合わせて巡戦部隊、軽快艦艇等はより南のロサイス、ハーリッチに配し独艦隊の捜索、牽制にあたるものとされました
(ほかに英仏海峡には前弩級艦主体の海峡艦隊が多数の機雷とともに網を広げていました)

一方、独高海艦隊はといえば陸軍主体の戦争方針のなかで省みられることなく”その損害”が戦争遂行を阻害することにおいてのみ危惧されていました
(戦前、海軍側からの「英陸軍の大陸への輸送を阻止すべきであるか」との質問に対し参謀総長の小モルトケは「仏軍と共に陸軍で撃滅するから英陸軍はより早く大陸に展開したほうがよい」と応えているほどです)
事実、海戦時の英独主力艦の比率は弩級戦艦において20:12で、正面から戦って勝利を得る見込みはありませんでした
やむなく独高海艦隊の基本方針は、海上に出撃した敵主力に対して潜水艦、機雷、水雷艇による暫減作戦を実施、数的な劣勢が多少なりとも緩和された機会を捉えて艦隊決戦に持ち込むというもので、それまでは巡戦、軽快艦艇のみの出撃により敵主力を誘引するというものでした

お気づきのように北海をめぐる英独2大勢力は永年海軍戦力の中核をなすものと期待され巨費を投じ整備されてきましたが、両国が前述の戦略をとる限り互いに合間見えること期待できず、ともに自国軍港にて見果てぬ決戦の夢を見ながら戦争の推移を見守るだけの存在となっていきます

一方、両国の植民地派遣海軍は開戦当初から活発な活動を見せ独地中海艦隊は、英同艦隊の追撃を振り切りトルコへ亡命、トルコの同盟側参戦に貢献しました。また、独東洋艦隊は近く予想される日本の参戦によりその根拠地青島の陥落は必死と考え小型巡洋艦エムデンを通商破壊に分派、残る主力は司令官シュペー提督に率いられ太平洋での通商破壊戦を実施しました。また南米、アフリカ沿岸に配置された数隻の小型巡洋艦も活発に活動、多数の英哨戒艦艇を釘付けにしました・・・



開戦時の欧州各国の弩級艦配置です。ロシアは弩級艦を保有しておらず
大戦への去就不明なイタリアがド級戦艦*1を保有していました
1914.jpg


  1. 2009/03/06(金) 21:03:17|
  2. 1/3600ミニチュアで見るWW1の海戦
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