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1/2000~4000ミニスケール洋上艦船模型製作暦20有余年、 その極小世界へようこそ・・・・

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1/3600ミニチュアで見るWW1の海戦~1914  その3 ヘルゴランド・バイト海戦(2)

ヘルゴランドバイト海戦の続きお届けします。
ご覧の皆さんのお好みはともかく、これまでこのブログの写真掲示は見た目のインパクト重視で
サムネイル使わずVGAでそのまま表示するのを旨としてきましたが今回はさすがに写真が多く、サムネイル表示になってます・・・

1914.png
ヘルゴランド・バイト海戦(2)
8月28日未明、英潜水艦の独哨戒水雷艇への攻撃で戦闘は幕を開けました。
その報告を受けて出撃した第5水雷隊がAM7:00ハーリッチ隊の駆逐艦と交戦、第1偵察戦隊司令官のヒッパー少将は、小型巡洋艦シュテッチン、フラウエンロープの2隻を差し向けこれに対処しました。

ハーリッチ隊の駆逐艦「L級(L-class)」です
竣工1913~1915 常備排水量965~1.010t 全長*全幅*吃水 81.9m*8.4m*3.2m 
出力24.500hp 速力29.5kt 4in砲*3 21in魚雷発射管4 装甲なし
アレスーサに帯同する第3駆逐戦隊はL級、フェアレスに帯同する第1駆逐戦隊は2本煙突でより小型のアケロン級で編制されていました

L級
独第1水雷艇隊「V-180級(V-180Class)」
帝政時代のドイツ海軍は駆逐艦の名称を用いず、大型のものも「大型水雷艇」と称していました
第1水雷艇隊はV187.V188.V189.V190.V191のV180級5隻とG193..G194.G196.G197のG192級、合計9隻で編制されていました
V180級
竣工1909~1911 常備排水量650~666t 全長*全幅*吃水 73.6m*7.9m*3.1m 
出力18.000hp 速力32kt 8.8cm砲*2 50cm魚雷発射管4 装甲なし
G192級
竣工1910~1911 常備排水量660t 全長*全幅*吃水 73.6m*7.6m*3.1m 
出力18.200hp 速力32kt 8.8cm砲*2 50cm魚雷発射管4 装甲なし

水雷艇2



駆逐艦戦力で敵を圧倒するハーリッチ隊ですが2軽巡ははそれぞれ駆逐艦を率い別行動を取っておりまた折からの深い霧にはばまれ連携が出来ず、AM8:30頃にはアレスーサは旧式ながら老練な2巡洋艦の攻撃を受け速度は10ktに低下、フェアレスが戦闘に参加する頃には一時避退を余儀なくされていました。



第2偵察戦隊小型巡洋艦マグデブルク級「シュトラスブルク(Strassburg)」
マグデブルク級は前級コルベルクと兵装は余り変わりませんが、舷側装甲を有し速力を増大、その後の独軽巡の設計の基本となる優秀な設計でした

シュトラスブルグ

シュトラスブルグは公試の結果も良好で、僚艦シュトラルーズントとともに28.2ktを記録しました。ヘルゴランド・バイト海戦の戦訓で主砲はこの後15cm砲*7に改められることになります
WW1を生き残り賠償艦としてイタリアに引き渡され、WW2時には植民地警備艦として在籍、イタリア休戦の1943年に自沈、浮揚後再びドイツの手に渡りましたが連合軍の爆撃で再度沈没しました
竣工1912.10.9 常備排水量4.564t 全長*全幅*吃水 138.7m*13.5m*5.1m 
出力33.742hp 速力28.2kt 10.5cm砲*12 50cm魚雷発射管2 装甲60㎜(舷側)

シュトラスブルグ2

第2偵察戦隊小型巡洋艦マグデブルク級「シュトラルーズント(Stralsund)」
シュトラスブルク同様主砲換装を受けた本艦はやはりWW1を生き残り賠償艦としてフランスに引き渡され当時同国海軍中の最優秀軽巡として1933年まで使われました

シュトラルズント2

第2偵察戦隊小型巡洋艦コルベルク級「ケルン(Koln )」
コルベルク級は小型巡洋艦として始めてタービン機関を採用、25kt級の速力を発揮しました。その一方火力は10.5cm砲10門を12門に増したのみ(舷側砲力は僅かに1門増)、防御も甲板装甲によるもので必ずしも有力とはいえませんでした

ケルン

竣工1911.6.16 常備排水量4.362t 全長*全幅*吃水 130.5m*14.0m*5.6m 
出力29.036hp 速力26.8kt 10.5cm砲*12 45cm魚雷発射管2 装甲40㎜(甲板)

ケルン2

第2偵察戦隊小型巡洋艦コルベルク級「コルベルク(Kolberg )」
4隻中2隻をこの海戦で失ったコルベルク級ですが、コルベルクとアウグスブルクの2隻はWW1後、それぞれフランス、日本にやはり賠償艦として引き渡されました。

コルベルク2

第2偵察戦隊小型巡洋艦コルベルク級「マインツ(Mainz)」
ケルン同様この海戦で沈没したマインツです。公試での出力は22.040hpとクラス中最低でしたが速力は最速のケルン同様26.8ktを記録しました

マインツ2

第2偵察戦隊小型巡洋艦ブレーメン級「ダンチッヒ(Danzig)」
ガツェレ級に続いて建造されたブレーメン級は、兵装は前級と同様として船体を600t大型化、速力、航洋性の向上に充てました
ダンチッヒ

ブレーメン級は7隻が建造、うち2隻がワイマール海軍に在籍しました
竣工1907.12.1 常備排水量3.278t 全長*全幅*吃水 111.1m*13.3m*5.7m 
出力12.022hp 速力22.9kt 10.5cm砲*10 45cm魚雷発射管2 装甲35㎜(甲板)

ダンチッヒ2


ヴィルヘルムスハーフェンを出撃した独第2偵察戦隊のマース少将率いるシュトラスブルグ、ケルン、アリアドネ、シュトラルーズント、コルベルクが昼前に到着、エムデンから出撃したマインツも戦闘に参加しハーリッチ隊の退路を断とうと攻撃しますが霧の為敵情がわからず有効な攻撃が出来ません。しかも有力なグーデナフ代将率いる巡洋艦部隊が、途中その存在を知らされていなかったため英潜水艦の雷撃を受けながらも到着、逐次戦闘に参加、手始めにノッチンガムとローウェストフトが水雷艇V187を撃沈、独軽巡隊も避退をこころみますが、グーデナフ隊により逆に包囲された形となってしまいました。混戦の中マインツは英駆逐艦と接触、損傷の中グーデナフ隊の攻撃により沈没します


第1軽巡戦隊軽巡洋艦チャタム級「サウザンプトン(Southampton)」
開戦時の英軽巡の中核、タウン級第3グループに当たるチャタム級は、前級ウェイマス級が6inに主砲を統一したのを踏襲、前級で中央部の6in砲が波を被りやすかった欠点を是正するため船首楼を後檣まで延長しました。特筆すべきは水線部への舷側装甲の追加で、速力こそ同時期のドイツ軽巡に及ばないものの攻防力は圧倒、「軽巡」の呼称の語源「軽装甲巡洋艦」の名に恥じない存在で、10.5cm砲を装備するドイツ軽巡には強敵となりました

サウザンプトン

グーデナフ代将の旗艦サウザンプトンは本海戦をはじめ翌年のドッガーバンク海戦、1916年のジュットランド海戦に参加、新型のC級軽巡にその座を譲るまでビーティー巡戦隊の前衛として活躍しました
竣工1912.11 常備排水量5.400t 全長*全幅*吃水 139.6m*14.9m*4.9m 
出力25.000hp 速力25.5kt 6in砲*8 21in魚雷発射管2 装甲3in(舷側)

サウザンプトン2

第1軽巡戦隊軽巡洋艦バーミンガム級「バーミンガム(Birmingham)」
チャタム級の前方火力を強化するため艦橋前に6in砲を並列配置、前方指向火力を3門から4門に強化したのがバーミンガム級です。強力な火力と防御力を持つ本級ですが、独軽巡が27~28ktであるのに対して25ktと劣速でより小型の偵察巡同様巡戦部隊に追随する能力はありませんでした

バーミンガム2

竣工1914.2 常備排水量5.440t 全長*全幅*吃水 139.3m*15.2m*4.9m 
出力25.000hp 速力25.5kt 6in砲*9 21in魚雷発射管2 装甲3in(舷側)

バーミンガム

第1軽巡戦隊軽巡洋艦バーミンガム級「ノッチンガム(Nottingham)」
ノッチンガムは開戦以来サウザンプトン、バーミンガムらとともに行動し1916年5月のジュットランド海戦にも参加しました。しかし同年8月、北海を作戦行動中U52の発射した魚雷により沈没しました

ノッチンガム2
第1軽巡戦隊軽巡洋艦バーミンガム級「ローウェストフト(Lowestoft)」
ローウェストフトはジュットランド海戦にこそ参加しませんでしたがWW1を全う、戦後は遣外任務につき1931年まで在籍しました


ローウエストフト2


第1軽巡戦隊軽巡洋艦ウェイマス級「ファルマス(Falmouth)」
タウン級第2グループのウェイマス級は前級ブリストル級が6in砲、4in砲の混載だった欠点を是正、備砲を6inに統一しました。また船首楼を第一煙突まで延ばし、舷側の6in砲を船首楼の艦橋両舷に搭載しています

ファルマス


竣工1911.9常備排水量5.250t 全長*全幅*吃水 138.1m*14.8m*4.7m 
出力22.000hp 速力25.0kt 6in砲*8 21in魚雷発射管2 装甲2in(甲板)
本艦は1916年ジュットランド海戦に参加するなど活躍しましたが同年8月潜水艦の雷撃で失われました

ファルマス2


第1軽巡戦隊軽巡洋艦ブリストル級「リヴァプール(Liverpool)」
タウン級第1グループ。従来の偵察巡洋艦が外洋で艦隊に追随できなかった欠点を是正、あらゆる条件で艦隊の前衛を努めると同時に、通商保護のため列国の防護巡を圧倒する攻防力をそなえています。装甲巡洋艦に対しては速力で優越、当時整備が始った巡洋戦艦とハイ・ローミックスで整備されました

リヴァプール


竣工1910.10常備排水量4.800t 全長*全幅*吃水 138.1m*14.3m*4.7m 
出力22.000hp 速力25.0kt 6in砲*2 4in砲*10 18in魚雷発射管2 装甲2in(甲板)
本級は艦首乾舷が8m近くあり、ほとんど戦艦並みの高さがあったため良好な航洋性を備えていましたが偵察巡譲りの短い船首楼形式を採用したため中央部乾舷は低く、舷側配置の4in砲は波浪時の使用には耐えませんでした

リヴァプール2



混戦のさなか損傷により身動きもままならないアレスーサ座上のティリット代将はビーティーの巡戦隊に支援を要請しました。視界不十分で機雷の危険もある中主力艦の活動には不適切な条件にもかかわらず、勇将ビーティーは攻撃を決断、混戦に飛び込んでゆきます。



第1巡戦戦隊巡洋戦艦ライオン級「ライオン(Lion)」
いわずと知れたビーティー隊の旗艦です。インヴィンシブルに始る英巡洋戦艦は第3級の本級より13.5in砲を備える超弩級艦として建造されました

ライオン

第1巡戦戦隊の3隻です。前からライオン、プリンセスロイヤル、クイン・メリーです
この3隻に改良型のタイガーを加えた4隻がWW1での英巡戦隊の主力で、大戦を通じて活躍しました
一般に英巡戦は装甲防御が薄弱で欠陥があり多くの損害を出したと言われますが、最大厚の装甲範囲が狭い事以外は戦艦と大差なく、むしろその欠陥は英主力艦に共通したもので戦闘の矢面に立つことの多い巡戦隊ゆえの悲劇であったともいえます

ビーティー隊



アレスーサがケルン、シュトラスブルクの攻撃を受け危機に瀕していた正にそのときビーティー隊の3巡戦が駆けつけました。窮地に陥ったケルン、シュトラスブルクの支援に旧式のアリアドネが駆けつけますが巡戦の火力の前にたちまち撃沈されてしまいます


巡洋艦部隊C、第7巡洋艦戦隊のクレッシー級装甲巡洋艦です
本来のティリット代将支援部隊ですが何故か戦闘には参加していません。
いったい何処にいたのでしょうか・・・

クレッシー級

巡洋艦部隊K、第2巡洋戦艦戦隊の巡戦ニュージーランド、インヴィンシブルです
ライオン級より1世代古い弩級巡戦でいづれも12in砲8門装備でした
この部隊もC部隊同様戦闘には参加していません。この部隊はビーティー隊の左後方に位置していましたが出動要請がなされなかったようです

ムーア隊




多数の英艦が展開する中、シュトラスブルクは霧にまぎれて脱出、ケルンはビーティーの旗艦、ライオンに発見され勇戦むなしく沈没、シュテッチン、シュトラルーズントは脱出に成功しました。干潮により港を出撃できなかったヒッパー隊の巡戦3隻は夕刻になって到着しますが、すでに英艦隊は引き揚げた後でした




独第1偵察戦隊の巡戦ザイドリッツ、モルトケ、フォン・デア・タンです
一般に独巡戦は装甲防御に優れ英巡戦より優秀だったと伝えられていますが
この海戦では干潮により迫地から出られず、その威力を発揮することは出来ませんでした
(午後に出撃したときにはすでに戦闘は終わっていました)

ヒッパー隊



海戦の結果は独は軽巡3隻水雷艇1を失い1.200名以上の喪失、一方の英はアレスーサが損傷したのみ、失った将兵も35名にとどまったとされています。開戦時独高海艦隊所属の軽巡は14隻で3隻の喪失は大きな痛手でした

様々な錯誤の中、圧倒的な戦力を投入することによりかろうじて勝利を得た英海軍でしたが、この勝利は英国民に開戦以来続くの地上戦での敗北を払拭、海軍への自信を深める効果を挙げました。一方の独海軍は戦力の逐次投入、汐の干満で活動を制限される迫地に在った巡戦隊など、作戦面の不手際を示し以降、出撃には皇帝の直截許可を受ける事になります。また技術的にも軽巡の主砲の10.5cm砲は舷側装甲と6in砲を持つ英軽巡に対しては貫通力射程とも不足で、以降逐次15cm砲に換装されていくことになります・・・
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  1. 2009/04/01(水) 20:03:19|
  2. 1/3600ミニチュアで見るWW1の海戦
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